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今から20年前のお話しです。
150年前にも海を越えて同じ想いを寄せていた人物がいた事に驚きは隠せませんでした。
その名前は、ラナルド・マクドナルドです。アメリカ合衆国オレゴン州アストリアの生まれ。
日本の歴史に大きく影響を及ぼす働きをした方です。
ラナルド・マクドナルドは、日本に密航、利尻島に漂着、アイヌの方に助けられます。
そこから長崎に送られ、若き通訳森山栄之助と仲間たちと共にマクドナルドから英語を学びました。
それから5年後の1853年「黒船来航」の交渉に大きな力を発揮したそうです。
幕末の日本にとって、もしラナルドが利尻島に渡らなかったら、渡っても迫害を受けてアメリカに帰国していたら、
今の日本とは違った国になっていたのでしょう。この最北の利尻島が日本近代化のきっかけをもたらした地である事に感動を覚えます。
利尻島から稚内に護送される時に遠ざかる利尻山を悲しそうに眺めていたのには、
彼の故郷オレゴン州にあるMt.ジェファーソンが利尻山に似た山だったそうです。
また、ラナルドが利尻島野塚から本泊に連れて行かれる道の途中の崖に一面に「白い花」咲いていたそうです。
調査した結果、6月〜7月頃に崖一面に白い花を咲かせる利尻島の植物・・・地元で「コジャク」と言われるせり科の植物であることが確認されたそうです。
実は、私も19歳の時にオレゴン州に2年間ほど行っていました。
日本では山が好きでワンゲル部にも所属、私もオレゴンでMt.ジェファーソンの山を不思議と見ていました。
また、初めて利尻島に行った時に一面に咲くコジャクを見てキレイと感動した事が蘇って来ました。
数百年の時と場所を越えて同じ山を通して利尻島にご縁があったこと・・・次から次へ起こる中で大きな力になりました。
・・・続く〜ing・・・poi☺
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